一陽緑釉切立長方鉢:BONSAI 彩都  - 9e505

2019-10-09

一陽緑釉切立長方鉢左右41cm奥行25.5cm高13cm

商品説明
一陽の作品は戦前・戦後に分かれるが、戦後は事業を退いた昭和40年代半ばで余生の趣味としての作陶だったので小鉢が主だった。戦前は昭和7年の開窯から昭和12年まで水盤や支那の交趾写しなどを手掛けるが、その数は多くはない。この作品は紛れもなく戦前の作で、そのフォルムは支那鉢写しとして作られたのも。戦前は水盤に力を入れていた一陽。このような中〜大鉢は更に少なく、貴重な作品と言える。釉薬は緑釉と表現しているが、支那鉢の青交趾を意識して作ったものだろう。緑の中に白の斑点、少し青味掛かった窯変など美しい景色を見せる秀逸な仕上がり。古色感も素晴らしい。多少のガタ、足のホツレ直し、側面の軽微なカマ、垂れ薬のカケや軽微ホツレはあるが古さを考えれば保存状態は概ね良好。箱付き。落款:三しゅう(王秀)一陽

写真上から
・少し振った角度で見る
・正面から見る
・落款
・ホツレ直し等
作家説明
三しゅう(王秀)一陽 
本名:神谷恒一(1902〜85)
 愛知県高浜市出身。瀬戸物卸商の父を若年時から手伝う。自身も昭和初期に東京・恵比須で盆栽鉢商「三州屋神徳商店」を営んだ。オリジナル商品の開発に向け、各窯に発注するが種々問題が生じ、自家専用窯の必要性を感じる。そこへ出身地三河で窯業試験場の廃窯問題が起き、渡りに舟の無償貸与の5ヵ年契約を結ぶ。三しゅう一陽窯の誕生である。一陽31〜35才の間に焼かれた盆器の中でも、とりわけ水盤が交趾写しの温かみや独特の楕円鉢で人気となり、陶翠と比肩されまでになる。もっとも水盤の制作数は少なく、数多く手掛けたのは小鉢。培養にも適する西三河の胎土は時代乗りも早く、中庸を得た型、バラエティ豊かな釉色で愛好家の支持を得た。 その後、陶業を離れ、精密機械工業へ転身。小さな町工場から育て上げた事業が軌道に乗り、その経営の一線を退く昭和40年代に余生の趣味として小鉢づくりを行う。一陽を慕ってくる三河周辺の鉢作家に助言・指導も行った。単なる陶工ではなく、企画、制作、流通、販売まで一貫してコーディネートする役割に真価を発揮した人物といえよう。

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【盆栽鉢 bonsai】和鉢・一陽 
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